夏の記憶
気づくと8月。なんかまた梅雨の戻りのような天候ですが、 学校や幼稚園に通う子は夏休み。大人にも欧州なみのロングバケーションがあればいいのに、と思いながら休みを待ちわびています。ソニーのゲーム機に「ぼくのなつやすみ」というシリーズがあります。主人公が少年の設定で、田舎に行って自然の中を歩き回って冒険するというもので、ちょっとやってみたいなと思ったことがあります。「夏」というと田舎に行って川や田んぼや山で遊んだという小学生のころの記憶があるから一種のノスタルジアなのでしょう。小学生のころなので風景の記憶も断片的ですが
親の田舎の佐賀は「四方が山に囲まれ、川があり、一面田んぼ」という小学生には退屈極まりない風景でした。もちろんスマホやゲーム機はなく、マンガやテレビもろくにない生活は、一日が長く退屈でした。それでも今になると、とても懐かしいのは今、そういう風景が日常にないことからの渇望なのか、実は心安らぐ原風景だったのかとも思います。
学生時代の夏といえば、菅平での一週間のテニスの合宿。教員になってからはの夏は、20回以上行った4泊5日の伊良湖の海の学校、嬬恋村の8泊の山の学校という合宿が思い出されます。夏の思い出がすべて自然の中というのは、やはり人が自然の一部だからでしょうか。暑くて眠くてっていう思い出も強く残っていますが、山や海や川の光景に郷愁を感じます。
先日、立正大学の就職フェアに参加するため何十年かぶりに森林公園まで行きました。東上線で川越市を過ぎたとたんに急に田園風景が開けてびっくり。朝の豪雨の影響で山には霧が立ち込め、田んぼの緑がこんなに多い光景が東上線にあったとは。美しい田園風景に目を奪われました。
今年は保育園に蝉の声があまり聞こえません。あまりに暑いと蝉の声もうっとうしく感じ、熱帯夜に鳴く蝉には腹が立ちますが、少ないとこれまた寂しいものです。ところが、これまた先日、城北公園に行くとうっそうとした緑の中、まさに蝉、セミ、せみ!蝉しぐれとはこれだな、と実感できる心地よい蝉の声に浸りました。山形の立石寺で松尾芭蕉が詠んだ「閑かさや岩にしみいる蝉の声」の心境が少しわかるくらいの。そしてまたびっくりしたのは、あたりの土に蝉の幼虫が出てきた穴がたくさんあり、周りの木々のあちこちに抜け殻がくっついています。このたくさんの蝉の抜け殻を子どもたちが見たらどんなふうに感じたでしょう。蝉に興味をもって図鑑で調べたり、絵にかいたり、木登りをしたいと感じたり、抜け殻を手に取って観察したりと子どもの世界がどんどん広がるに違いありません。
夏の思い出は自然と共につくられます。子どものうちに少しでも自然に親しむ体験をさせることはやはり大切なことですね。園長 田中 裕